T.K.G.の『ぶっ飛び求めて三千里魂』

高城一寿/T.K.G. / blogger T.K.G. /actor T.K.G. /dancer T.K.G. /performer T.K.G./ オリジナルカテゴリー確率中 / T.K.G.のぶっ飛びLIFEが世界に勇気と笑顔を運びますように。

自爆テロに巻き込まれて死にかけた奴の話。

久しぶりの梅雨。
率直な感想は 「雨降らんのかい!」
の割にムシムシじめじめ…。
今年はエルニーニョ現象とやらで梅雨明けも遅いんだとか。
その割に九州以南は早い梅雨明けで。
なんでも良いから過ごしやすい気候を願うばかりです(笑)

激動激務なジャーナリスト業

ジャーナリストとしての生活。
今思い出しても大変すぎる生活でした。
恋人を亡くしたことも合わさり,自分には仕事しかないという思いと,仕事をして恋人のことを忘れよう気持ちを紛れさせようとしている自分がいました。
だからこそ余計に仕事仕事な自分がいて。
自分でかなり追い込んでいました。
あの時の自分は果たして寝ていたのだろうか…と今でもおもいます。

そもそも仕事をしている時は安らかに眠れる時なんてない。
普通の報道の方がどんな生活をしているのかはわからない。
ただ,自分の場合は常に危険と隣り合わせだった。
だから安心できる時なんて1分たりともなかった。
安心が生まれるとしたら,国境を越えた時くらい。
それだけピリピリした生活を送っていました。
寝る時もご飯を食べている時もテレビを見ている時も常に神経を尖らせていなければいけない。
実際死にそうになったことも幾度かあったわけで…。
それでもいつしか極限が自分の中では普通となり,なにが普通でなにが普通でないのかがわからなくなっていきました。
要するに麻痺ってやつです。
滞在していた国での任務を終えて,さぁ観光。
そんな呑気なことを言っているヒマさえなかった。
終わったら即退去です。
滞在時間が長ければ長いほど危険が増える。
それが普通でした。

ある時です。
任務を終えてひと段落し,お酒を飲み過ぎたことがあります。
あの時は気を抜きすぎた。
周りなんて気にせずに近くにいる女性に悪絡みしたり…。
とにかくヒドかった。
それでも早めにその場を後にしたT.K.G.
宿までの帰り道は上機嫌でした。
横道に入りタバコを吹かしながら一呼吸おいている時…。
いきなり背中に冷たい何かが当たりました。
そしてハッキリとは聞こえなかったものの男の声で「何を探っている。消えなきゃ殺すぞ」と言われました。
タイミング良く人が通ったので事なきを得ましたが,突きつけられたのはまさしく拳銃。
きっと酒場からつけられていたのでしょう。
いや,へたするともっと前から。
とにかく危うく殺されるところでした。
気をぬくと命に関わるんだなと感じた一瞬であります。

そんな生活をしているうちに安眠とはかけはなれていきました。
聞こえているものが夢なのか,リアルタイムの音なのか,そんなのが区別のつかない毎日。
ずっと第一線で働くなんてできない仕事なんじゃないかなとT.K.G.はおもいます。
多くの報道マンは実際現地に行きは休養を挟みという生活を送っています。そうでなきゃ続けられる仕事じゃない。
ただ,休養したところで染み付いてしまった緊張感や緊迫感が取れないのも現実。
感覚を普通に戻すにはかなりの時間が必要なのです。

一瞬死んだ話

周りから見れば異常な感覚も普通の感覚となってきた頃,自爆テロが盛んな地域へ取材へ行く事になりました。
いまだに自爆テロの意味は理解できません。
何がしたいのでしょうか。
なにかのメッセージにしろ,全く伝わらない,命だけが失われる儚い虚しい無意味なものだとおもいます。

ここからはあくまでも他の人から聞いた話なので事実かどうかはわかりません。
ある日の昼ごろT.K.G.はランチをしていました。
オープンテラスのようなご洒落たお店の外で食していたようです。
そんな時に近くで自爆テロが起こりました。
直接は巻き込まれなかったものの,爆風で吹き飛ばされ病院へ搬送。
意識を取り戻したのは2週間後だったとか。
潜入先ではなく別の国に移送されていました。
意識を取り戻した直後のT.K.G.はアラビア語を話していたようです。
その後また意識を失い,自分が憶えているのはそのあと意識を取り戻した,ちょうど5日後からです。
今度は,自分はなぜベッドに横たわっているのか,付き添ってくれている人たちが誰なのか,そもそも自分はなにをしていたのか,記憶が飛んでいました。
意識が戻り検査を進めましたが,どうやら頭に血がたまっているとのこと。緊急で手術が必要でした。
そこで最大の選択を迫られました。
日本に戻って手術するのが一番賢明なこと。
しかしそうしてしまうと復職は難しくなってしまう。
その場で手術をすることも可能でした。でもリスクが大きすぎる。
仕事柄,そして立場上アメリカでの手術は難しいとのこと。
難しいことを考えている余裕も時間もありませんでした。
そうです。
日本での手術を選んだのです。

普通でない生活から普通の生活へ

手術が急を要するものだったため,すぐに日本への帰国が決まりました。
東京の病院で手術をうけ無事に終えることができたようで。
しかし,吹き飛ばされた衝撃があまりにも強く頭をどこかに強打した影響で記憶に障害が残りました。
その時は報道の仕事をしていた期間だけ見事に忘れ,言語面でもせっかく培った言語たちが飛んでしまい話せるのは日本語だけ。
当然爆風で吹き飛んだという事実に対する自覚もないわけです。
久しぶりの数年ぶりの日本だったため,本当は嬉しいはず。
しかしどこか心は空っぽ状態。
毎晩うなされ寝ることもできず,おきていれば答えの見えない自分は何をしていたのかということを考え。
そんなこんなで退院を迎えました。
実家に戻れば良いものを,半分家出状態だったため帰るのをためらい。
ひとまず東京でリハビリを兼ねて1人暮らしをすることに。
記憶はなくとも身体には緊張感や緊迫感の名残はあり,落ちつかない日々。少しずつではありましたが,記憶も取り戻していきました。
そしてあることをキッカケに記憶は一気に戻ることに。
東京でできた友達と花火大会を観に行くことがありました。
気分転換になることを期待し楽しみにしていたT.K.G.
しかし…です。
花火の音を聞くにつれて具合が悪くなる自分。
そしてだんだんとフラッシュバックする記憶。
知りたかったものから知りたくなかったものまで。
そのフラッシュバックのスピードに心が追いつかず自然と溢れてくる涙。
震えてくる身体。
そうです,花火大会の音ををキッカケに記憶が呼び起こされたのです。
花火が打ち上がる音とジャーナリスト時代に聞いていた爆音とが重なったのかもしれません。
数日間ねれない日々が続きました。
思い出した記憶に心の整理がつかず何も手つかず状態で。
お陰でほとんどの記憶が戻ることに。

いよいよ1人ではダメだなとおもい,決意を固めたT.K.G.は荷物をまとめ実家に帰ることに。
数年ぶりの実家,数年ぶりの家族でした。
懐かしの地元に戻れる…
そう思いながら帰ったものの,たどり着いた場所は知らない地。
そうです,実家は引越していたのです(笑)
ここはどこですか状態でした。

そんなこんなでT.K.G.の新たなステージが始まったのでした。

《T.K.G.のAfter talk》
最近おもうこと。
自分では普通だと思っていることも世間一般からしたら普通のことではないことが多いということ。
自分の普通とは…。
周りの普通とは…。
それでもあくでまでも自分の普通を貫きたい!
そんな風におもうT.K.G.であります。




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